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堀尾跡公園の裁断橋&巌倉寺四季桜2008♪ 犬山市のお隣の大口(おおぐち)町にある『堀尾跡(ほりおあと)公園』の『裁断橋(さいだんばし)』と、珍しい『巌倉寺(いわくらじ)四季桜』をご紹介します〜♪ ☆堀尾跡公園 ↑『堀尾跡(ほりおあと)公園』は、「愛知のふるさとづくり事業」の一環として、五条川を軸にした歴史探訪ルート南側の拠点として、平成6・7年に整備された公園です。 園内には、湧き水の出ている「桜の広場」、石舞台のある「野外ステージ」、お茶会ができる「野点広場」などがあります。 その中心施設になっているのが、この『裁断橋』です↓ ☆裁断橋 ↑『裁断橋(さいだんばし)』は、「熱田神宮」の近くにある橋で、400年ほどの歴史があります(現在は橋の一部が復元され残っているだけ)。 その名の由来は、この橋で物事を決めたとか、川岸で裁きを下したりしたからだとか。 ここに架けられた橋は、それを復元したものですが、何故ここ大口町に架けられたのか?を説明するには、悲しい母子の物語「裁断橋物語」からお話しなくてはなりません。 「裁断橋物語」とは・・・ 「戦国時代、この地に住んでい
堀尾跡公園と裁断橋物語 堀尾跡公園と裁断橋物語 江南市から五条川を遡りますこと約2キロ、 着きましたのがここ丹羽郡大口町の堀尾跡公園でした。 中心部に架かる裁断橋です。 お気付きだと思いますが、裁断橋は熱田の宮の精進川に架かる橋。 何でここにと・・・。 説明はムチャ長くなりますが、 ”平成8年、金助の母が2回目に建立した裁断橋が、橋に取り付けられた 四つの擬宝珠とともに、母子の出生地・大口に三百年以上を経て忠実に 再現された” とあります。 橋の正面と、袂にある堀尾金助と母の透かし絵(銅版)。 そして擬宝珠の一つ。 唯一かなで書かれたものです(アップで文字が分かりますか?)。 堀尾金助と母、そして裁断橋。 これも”大口町のみどころ”からを要約すると。 ”堀尾金助は、病気の父に代わり従兄の堀尾吉晴(後の松江城主)に従い 小田原征伐に加わります。 金助の母は祈願をかねて、当時熱田神宮付近に あった裁断橋まで見送りましたが、その願いもむなしく金助は18才で戦死して しまいます。天涯孤独となった母は金助の供養にもなると古くなった裁断橋を 改修する決意をする・
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